こんにちは!
社員をリレー形式で紹介する九州パール紙工の社員紹介ブログ。
前回は、唐津営業所の新米所長として奮闘する山口恵介所長をご紹介しました。
今回は、その山口所長からのバトンを受け取り、同じ唐津営業所で活躍する濵本健太(はまもと けんた)をご紹介します。
濱本は入社6年目、30歳。
入社当初から現在まで唐津営業所一筋で働く、生粋の唐津っ子です。
唐津くんちとともに育った強い地元愛
濵本を語る上で欠かせないのが「唐津くんち」の存在です。
毎年11月に開催される唐津を代表する祭りで、佐賀県内では佐賀インターナショナルバルーンフェスタと肩を並べるほどの知名度と人気を誇ります。
幼少期から唐津くんちに参加してきた濵本にとって、この祭りは生活の一部であり、誇りそのもの。
「この祭りに参加したいから唐津にいる」と語るほど、地元への想いは強く、唐津出身者の中には、祭りの時期に合わせて帰郷する人も少なくありません。
そんな土地で働き、暮らし続けることが、濵本の原動力になっています。
山口所長の就任で変わった営業所の空気
山口所長が就任して半年。濵本は、所長の姿をこう見ています。
「プレイヤーからマネージャーになったばかりで、まだ難しさを感じていると思う。でも、その一生懸命さは確実に伝わっている」
距離感の近い先輩が所長になったことで、営業所の雰囲気にも変化が生まれました。
これまでは個人成績が重視されがちだった営業スタイルから、チームとして結果を出す意識へ。
営業所全体で目標に向かう空気が、少しずつ根づいてきていると感じています。
17歳から始まった、異色の社会人経験
濵本の経歴は一筋縄ではいきません。
17歳の頃から、母親が経営していたスナックを手伝い、ボーイとして働いていました。
人と接することが当たり前の環境で育ち、24歳のときには「引き継ぎたい」と自ら申し出たものの、最終的には店を閉める決断をします。
その後、リフォーム会社に就職し、営業職に。
訪問販売の飛び込み営業という厳しい環境でしたが「どんな人が出てきてくれるのかが楽しみだった」と、当時を振り返ります。
スナック経営で培った対人スキルを武器に、相手の懐に入る営業スタイルが奏功し、九州トップクラスの営業成績を残すまでに成長しました。
地元で働くために選んだ九州パール紙工
将来を見据え、転職を考え始めた濵本。
ハローワークで、唐津で働ける企業の求人を探す中で目に留まったのが、福利厚生がしっかりしている九州パール紙工でした。
面接では、常務から「うちよりも、あなたの経験を活かせる会社があるのでは?」と言われたものの「地元・唐津で頑張りたい、貢献したい」という想いを率直に伝え、採用が決まります。
このエピソードからも、濵本の地元愛の強さが伝わってきます。
BtoB営業で味わった壁と成長
入社後は営業職に就きましたが、これまでのBtoCの営業とBtoBの営業の違いに直面します。
「しっかり話せて、手ごたえがあっても断られる」
そんな経験を何度も重ねました。
当時の唐津営業所長との同行を通じて、客先でのビジネスマナーや距離感を学び、徐々にBtoB営業の感覚を掴んでいきます。
お客様に育てられながら、営業マンとしての土台を築いてきた6年間でした。
サッカーと少し違う人生の選択
小学生から中学生まではサッカー一筋。
父親の影響で小学1年生から始め「サッカー選手になりたい」という夢を抱き、全国大会に出場するクラブチームにも所属していました。
高校進学後にサッカー部へ入部するものの、高校は中退。
その後は母のスナック経営を手伝う道へ進みました。
「周りとは違う経験を積んできたけれど、それも自分なりの豊かな人生だと思っている」
そう語る濵本の言葉には、これまでの選択を肯定する強さがあります。
次のステージへ
現在、濵本は九州パール紙工の開発会議リーダーの後継者として推薦を受けています。
これまで何度かオファーを断ってきましたが「次に声がかかったときは、覚悟を決めてリーダーをやりたい」と、前向きな想いを胸に秘めています。
地元・唐津を愛し、人と向き合い続けてきた濵本健太。
その経験と想いは、これからの唐津営業所、そして九州パール紙工の未来を支える大きな力になるはずです。
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