人生のターニングポイントを越えて、現場に立ち続ける理由 熊本営業所 営業主任 石原裕矢

人生のターニングポイントを越えて、現場に立ち続ける理由 熊本営業所 営業主任 石原裕矢

 こんにちは!

 九州パール紙工の社員をリレー形式でお届けする社員紹介。

 今回登場する石原裕矢(いしはら ゆうや)は熊本県宇土市出身、入社 16 年目の 47 歳。

 実は前回の篠宮マネージャーとは同郷で、九州パール紙工に入社した当初は同僚でした。

 篠宮が野球、石原がサッカーと競技は違えど、「体を動かすのが好き」という共通点から自然と親睦を深めていったといいます。

 現在は、サッカーをしている息子と一緒にボールを蹴る時間が何よりの楽しみです。

 

接客の原点はホームセンター時代

 高校卒業後、石原は「地元で働きたい」という想いから、地元に根差したホームセンターへ就職しました。

 人と話すことが苦手ではなく、多種多様な商品を扱える点に魅力を感じたからです。

 本当は系列のカー用品店を希望していましたが、配属はホームセンター本体。

 同級生がカー用品店に配属されるという、少し複雑なスタートでした。それでもカー用品部門を担当する機会に恵まれ、接客の楽しさや「自分を頼ってくれる嬉しさ」をやりがいに、仕事に打ち込みました。

 キャリアの中で長く携わったのは消耗品担当。

 トイレットペーパーや洗剤など、毎日売れていく高回転の商品を扱う部署で、体力勝負の毎日。

 特売日には開店前から 200 人、300 人が並ぶこともあり、売り切れればお叱りを受けることもありました。

 

“評価されたい”という想い

 ホームセンターでキャリアを重ね、評価も得ていましたが、石原の中にある想いが芽生えます。

 「このまま昇進していくより、自分がやった仕事そのものを評価されたい。 」

 父親や友人に相談し、「10 年頑張ったなら、新しい道を考えてもいい」という言葉に背中を押され、転職を決断します。

 退職後、石原は一人旅に出ました。

 NHK の番組で見た四万十川を目指し、一般道だけで進むドライブ旅。

 道後温泉や宮島を巡り、出会った人との会話を日記に残しました。精神的に落ち込んでいた時期だったからこそ、四万十川の雄大さに触れ「自分の悩みはちっぽけだ」と感じたといいます。

 この旅は、石原にとってまさに人生のターニングポイントでした。

 

九州パール紙工との出会い

 帰郷後、ハローワークの紹介で九州パール紙工の面接を受けます。

 10 人以上が集まる中での採用。

 後に聞いた理由は「朝に強い人だったから。 」

 本当の理由だったのか半信半疑だと語りますが、高校時代に続けていた新聞配達のアルバイトが、ここで活きました。

 入社後は 2 年間、配送業務を通じて商品知識を徹底的に習得。

 その後、ルート営業として得意先を担当します。

 店で待つ接客から、自ら会いに行く営業へ。

 180 度違う仕事でしたが、上司の同行やフォローを受けながら、少しずつ自分の営業スタイルを築いていきました。

 

サッカーが教えてくれたこと

 小学生の頃に両親の薦めで野球チームに入団。「半ば無理やりなところはありましたが、自分はカラダを動かすことが大好きだと認識するきっかけになった」と振り返ります。

 野球チーム退団後は、弟の影響でサッカーを始めます。

 小学6年生からチームに入団しましたが、もともと足が速かった特性を生かして、短期間でレギュラーを獲得、副キャプテンも務めました。

 中学校では、壁にぶち当たり、悔しい思いもしましたが、高校では悔しさをバネに努力が実り、1 年生からレギュラーを獲得。

 「コツコツ続けること」の大切さは、今の仕事にも通じています。

 

これからの目標は

 熊本営業所には、後輩 2 人が加わりました。

 その成長していく姿を支えながらも「自身も現状に満足しない」と、まだまだ向上心を持ち続けています。

 「もっと大きな企業と取引ができる営業マンでありたい。 」

 その想いを胸に、石原は今日も熊本の現場を走り続けています。

 人との出会い、偶然の出来事、そして一歩踏み出す勇気。

 石原裕矢の歩みは、九州パール紙工の“人を育てる風土”そのものです。

 

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